「これ」
「は?」
手を出して、といわれて何も考えずにそうすると、
短い言葉と微笑とともにそれを渡された。
俺がそれに驚いて目を大きく見開いて見上げると、
斉藤は目の前に腰を下ろして眉を寄せながら笑った。
渡されたそれは、白い花の装飾がついた簪。
一輪だけのそれは静かだが自己主張がしっかりとしていて、
傾き始めた日の光に大きな丸い花びらがきらきらと輝いて綺麗だった。
「…椿?」
「ううん、侘助っていう椿の仲間」
きれいでしょう、と笑う斉藤が手に持っていたのはそれだけ。
ずいぶん長い時間買い物にいっていたのに。
それに第一、
「お前、髪結い道具買うんじゃなかったのか?」
「あー…有り金全部はたいてそれ買っちゃったから」
それ、というのはもちろん兵助のもっているその簪のことで。
有り金、というのは新しい髪結い道具を仕入れるための資金のことで。
「…悪いが、俺、こういう高いの、」
「うん。久々知先輩が値段どうこうで喜ぶ人じゃないのは知ってる。
でも、先輩が一番似合うのがこれだと思ったから」
(あと、捕まった店の人がすごく押しが強くて、
「おにーさんみたいないい男ならいっぱい女泣かしてるんでしょ。
女はこういうの貰うと喜ぶんだからさ、彼女にひとつ買っておやりよ」
なんて笑われたから…ってのは黙ってても、いいよね)
本当はもっと派手でもっと手ごろで上等な簪もあったのだけど、
この人の黒髪に映えるのは、この白い花しかないと思った。
「だから受け取って」
「…ありがとう」
少しだけ申し訳無く、でもまんざらでもなくて、
俺は綺麗なそれを見つめた。
(口元にはほんの少しの笑みが浮かんでいて、
ああ多分気に入ってくれたんだろうなぁとタカ丸はこっそり考えていた)
「でも、どうせなら赤がよかった、な」
「どうして?」
「女装の時に使うならほら…首、掻っ切る可能性もあるから、さ」
忍務だし、もしこの白い花の簪をそうやって使うときがきても。
きっと一瞬お前の顔が浮かぶんだろうけど、俺は躊躇せずに人を殺せる。
それがひどく哀れで寂しいことなのは知っている。
だからせめて、白い花を誰かの血で赤く染めるくらいなら、
もともと赤なら気が楽というもの。
「…ああ、そっか。
なんか色っぽいね、血で赤く染めるなんて」
黒い髪を伸ばされた指先で遊びながら斉藤が笑う。
俺は呆れながら、侘助の簪から目を上げて赤い髪の奥、
何を考えているのか掴みきれない表情を見つめた。
「阿呆か、誰のかも分からん血で染まるんだぞ」
「いいよ。先輩のじゃないなら誰のでもいい」
はっきりと言ったその顔がやはり笑っていて、
俺は何を考えているのかを考えることを諦めて息をついた。
「…案外お前かもな」
「本望だよ」
「……俺は嫌だけど。
俺がお前は刺すのなんて、多分お前が、…」
「…浮気したとき?
それなら刺される危険はなさそうだけどなぁ」
細められた目が笑っていた。
それにどうしてだか心臓が疼く自分に、
やはりこいつに嵌ってしまっているという自覚を感じざるを得ない。
遊び人の軽口を信じるなんて、裏切られたときに馬鹿を見るだけだ。
でも、それでも
「分かってる」
信じたい。
なんて思う俺は、
もしかしたら簪をもらって生娘にみたいに浮かれてるのかも、しれない。
***
書いているときに椎名林檎さんの「錯乱」ばっかり聞いていて、
その歌の日本語訳に詫助って出てくるんです。
花びらが白のやつは白侘助っていうらしいですがちょっと省略。
簪で首掻っ切るっていうのがなんか色っぽく思えた。遊女みたいだなぁと。
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