「なにをしとるんだ、お前ら」
思わず自分の部屋であるかを一度確かめた。
幻覚?いや、確かに徹夜3日目だがそんなにやわではない。
問うべきか見ぬふりをして戸を閉めるべきか迷ったが、
つい声に出して呟いてしまった。
「おお、文次郎」
「あ、おじゃましてます」
手に持った書物から顔をあげたのは同室の仙蔵で、
その後からひょいと顔を出したのは同い年の後輩、斉藤タカ丸である。
「なにをしとるんだ、主に斉藤」
「え?あ、俺は仙蔵くんがまたしんべヱと喜三太との忍務のおかげでぼろぼろだって聞いたから、出張髪結いにきたの」
へなっと緊張感のない笑みを浮かべてタカ丸が言った。
それはいい。
仙蔵がタカ丸の一番のお得意様だというのは知っている。
疑問なのはその、お互いの体勢だ。
「髪を結っているようには見えねぇが」
思わず2人を凝視してしまう。
タカ丸はぴたりと後から仙蔵に抱きつき、
仙蔵は大人しくタカ丸の両足の間でくつろいだ様子で書を読んでいるのだ。
その密着度たるや、よからぬ誤解を招きかねない。
「今はお礼もらってるの」
「タカ丸はプロだからな、ただ働きをさせるような腕ではない」
仙蔵がそれほどに褒めちぎるのにも驚きだが、
お礼の意味がよく分からん。
顔をひきつらせながらもいつまでも廊下に突っ立っているわけにも行かないので、
文次郎は遠慮がちに自分の部屋へはいった。
「仙蔵くんの髪はもう俺が見たどんな髪より美しくて手入れもされていて、
さわり心地も最高。
ほらここの学園の人っていうか、土井先生とか竹谷くんとかの
もう俺へのあてつけとしか思えない髪ばっかり見てると
どうしてもストレスたまっちゃってさぁ…
だから仙蔵くんみたいな綺麗な髪、触らせてもらえるとほんと癒される」
「当然だ」
タカ丸のまくしたてるような賛辞に、仙蔵は誇らしげに口元に笑みを浮かべた。
ああ、ようやく礼の意味が分かった文次郎はため息をつく。
確かに仙蔵の髪は美しいがそれほど褒めると調子に乗るぞと忠告したかったが、
それを言うと後が恐ろしいので黙っておいた。
タカ丸の指が黒髪をやさしくなでる。
手で梳いても絡まらずに流れるまっすぐな髪。
力を抜いて束を持ち上げると一本一本がゆっくり零れ落ちてもとの位置に帰っていく。
しなやかで艶やかで柔らか。
タカ丸は見惚れて、ほうっと息をついた。
「最高」
そう呟くタカ丸の、細められた目と吊り上げられた唇といったら。
それほどタカ丸と深い関わりがあるわけではない文次郎でも、
いつもと全く違う色を浮かばせていることに驚かされた。
鋭い、髪結いの目。
やはりこの男はプロ意識というものが高いのだ。
整った顔立ちにこういういつもとは違うりんとした表情を浮べていると、この立花仙蔵と並んでも引けを取らない。
むしろこの2人がこのような距離でいることに、なにか艶かしいような妖しい雰囲気すら感じる。
恋人同士のような甘い雰囲気はないが、傍から見れば誤解されてもおかしくない。
「ん?おい、文次郎が羨ましそうにこっちを見てるぞタカ丸。
すりすりしてやれ」
「えー…文次郎くんの髪はなんか痛そう…」
「それに汗臭いしな」
「誰が羨ましがるか!!」
怒鳴ると、タカ丸がこわーいと町娘のように声を上げて、
仙蔵がはんっと鼻で笑いながら文次郎に本当のことだろうと呟く。
(嫌な組み合わせだなこいつら!)
仙蔵に口で敵わないのは重々承知しているが、
このタカ丸という男もなかなか侮れない。
客商売で鍛えた話術は確かなものだ。
タカ丸は楽しそうにへらへらといつもの調子で笑い、それから仙蔵から身体を離した。
「お礼いただきました。ありがとう、仙蔵くん」
「いや、こっちこそ。また頼む」
「いつでもどーぞ」
名残惜しげに指先からこぼれる髪の感触を楽しみながら、
タカ丸は髪結い箱を持って立ち上がる。
忍ぶ気のない目立つ金髪がふわっとなびき、仙蔵とはまた別の意味で綺麗だった。
「惜しいな。
お前は作法に欲しかった」
つぶやいた仙蔵の言葉にタカ丸は振り返り、人懐っこい笑みを唇に浮かべた。
「残念。
仙蔵くんと仙蔵くんの髪は好きだけど、愛してるのはあの人だもん」
あしからず、と悪戯っこのような顔をしてタカ丸は戸の向こうに消えた。
ぺたぺたぺたと六年長屋では珍しい、間抜けた足音を響かせながら自分の部屋の方へ歩いていく。
文次郎は怖いもの知らずめ、とタカ丸を見送った。
このS法委員長立花仙蔵にあんな口の聞き方ができる後輩(一応同い年ではあるが)滅多にいない。
そろりと目線を向けてみると、意外にも仙蔵はくつくつと笑みを浮かべていた。
「一途な男だな、あれは。
まぁふられた時はうちに迎えてやるか」
ふられた時は、なぁ。
忍者の三禁などまるで関係なさそうなあの斉藤タカ丸と、
意外にもその男になんだかんだで絆されている優等生の後輩を思い出すと、
しばらくそんな心配は不要そうではあるが。
「惜しいことをした」
楽しそうに、仙蔵は後悔を口にした。
どうやらひどくあの斉藤タカ丸という男を気に入っているらしい。
(ご愁傷様)
***
でもタカ丸も仙さまのことは気に入っています。
仙様はわりと可愛がってる(まともに)
文次郎は新入生がS法委員長にひどくされないか心配している様子ですが、
わりとタカ丸は仙様とも対等に話せてたらいいなあと…
2人が割と仲良しなら嬉しいです^^
もんじの扱いがアレな感じですみませんorz
久々知とのことは6年の中でも公認w
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