今日は珍しく平和だ。
医務室には患者の姿は一人も居らず、
保健委員会委員長がただひとり、薬品の整理をしていた。
ぎんぎーんやいけいけどんどーんの声が聞こえてこないのに安堵しつつ、
伊作はぱたん、と片付け終えた薬箱のふたをとじた。
喧嘩や事故や自主錬や授業中の事故なんかでいつもあわただしい一室が、
きょうはなんだかがらんとしていて静かだ。
「先輩」
ふと、医務室の入り口から声をかけられて、
その声に伊作は柔らかく笑みを浮かべて振り向いた。
「綾部、どうし、っわ!」
のそのそと歩いてきた綾部が、
据わっていた伊作の前で立ち止まったかと思えば、
ふらりと崩れるようにしてもたれこんできた。
あまりに唐突なそれに、伊作は目を見開く。
「どうしたの、怪我?お腹でも痛い?頭痛、それか、」
「せんぱい」
名前を呼ぶ声は甘えるような声音だった。
もたれこんだ体制のまま、
しなやかに筋肉のついた自分よりも細く白い腕を回され抱きしめられ、
伊作は見開いた目をもう少し、さらに大きくして、困惑した顔をした。
「綾部、どうした…?」
「…病気や怪我でなければ医務室に来てはならないんですか」
「え、」
綾部はぱっと距離を離した。
しかし、腕は未だ伊作の首にまきついていて、
項のところで両手を絡ませて中腰になり、綾部は伊作を見つめる。
大きな猫のような眼に瞬きさえせず強く、じぃっと見つめられると、
いつも逃げられなくなるんだよなぁと伊作はぼんやり、
その目に引き込まれながら、頭の隅で考えた。
綾部は拗ねたように尖らせた口を動かし、小さく呟く。
「かまってもらいに来ました」
表情はそれほど変化してはいないのだけれど、
わずかに細められた目が求愛を表しているように思えて、
伊作はばっと顔を赤くした。
「かまってください」
「わわっ、ちょ、あや…!」
うるさい口は塞いでしまえ。
そうとばかりに綾部は漏れる声ごと唇を塞いだ。
一回り大きな手が紫の袖をつかむ。
伊作は驚いて焦って目を閉じるのさえ忘れていた。
間近でよく見た髪には、いつもより泥や砂が絡まっているのが見えたけれど、
それを気にする間もなく、侵入を許してしまった舌に小さな悲鳴をあげたのだった。
***
綾部の伊作先輩と二人っきりになろう大作戦。
今頃ぎんぎんやいけどんあたりは綾部の本気の落とし穴の中にいる模様。
そして医務室の入り口には「手術中」の張り紙が…(コウさんのパクリ自重/ほんとごめんなさい)
この説明文がないとなにがなんだかわからんですねほんとすいません…orz
綾部に「かまって」って言わせたかっただけですすいません。
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