立花先輩に手を出したという噂が元で錫高野先輩にボコボコにされた斉藤は、
3日間の面会謝絶というかなりの大事になってしまった。
もちろんそれは俺も例外ではなく、今日まで見舞いに行くことすらできなかった。
「…斉藤、」
名前を呼んで、斉藤の部屋に足を踏み入れた。
3日ぶりだ。
相変わらず香油や他の奴らの部屋とは異なる香りが鼻腔をくすぐる。
斉藤はおろされた赤錆みたいな目立つ髪をふわりと揺らし、
「久々知先輩」
布団の上に座ったまま振り返って苦笑を見せた。
まだ頬の腫れは残っているようだし、あざも消えてはいない。
いつもは華やかで綺麗に整えられた容姿も、今は痛々しいばかりだ。
「飯食ってるのか、ちゃんと」
「口の中がまだ痛くて、あんまりかなぁ」
あの日に比べればましにはなったもののまだ完治には遠い傷跡のせいで、
この3日で少しばかり弱弱しくなったんじゃないかと思う。
だが、へなっとしまりのない苦笑を浮かべ、当の本人は苦笑ばかりだ。
「…あんまり怒ってないんだな」
「あー、うん、いい加減こういう修羅場には慣れてるしねぇ」
流石にここまで酷いのは初めてだけど、と言って、
包帯の巻かれた右手で髪をかき上げる。
確かにこの男は余罪も多いしそういう噂も絶えないし、事実ついこの間まで生粋の遊び人だった。
こうなったのもなにかのツケが回ってきたとしか言えないが、それでも普通もっと怒るんじゃないか。
「…馬鹿だなお前」
「そうだね、結構頭悪いかな」
おいで、というように手を伸ばされ、腕をとられて引き寄せられる。
抵抗はせず、それに従って斉藤の隣にしゃがみこむと、
くしゃりくしゃりと大きな華奢な手で髪を撫でられた。
久しぶりに感じる体温が思った以上に、心地よかった。
「…もっと怒れよ。
俺はお前のこと助けられなかったし、
そのせいでお前、その手だって怪我したんだろ…」
忍者でも髪結いでも利き手を怪我するなんて、致命的だ。
もしも俺があそこで、お前を救えていたら。
そう考えると頭が痛くなって意図せず罪悪感に襲われる。
いっそもっと、起こって貶して蔑んでくれればよかったものを。
「でも髪は結えるし、こうやってあなたの体温も感じられるよ」
斉藤は笑う。
「あの人おっかなかったしさ、俺だって誤解招いちゃった訳だし仕方ないんじゃない?
だからもう、兵助が気にすることないよ」
いつもみたいな緩まったものじゃなく、
多分俺しか知らない、名前で呼ぶときしか出さない、こいつらしい声と表情で。
それにはいつも心臓がきつく締め付けられる。
「兵助」
髪を撫でていた手を顎に添えられ、
いつもはしない薬草の臭いが鼻先を掠めるとともに口を吸われる。
唇を押しつけられ、息を吐き出そうとすれば舌を絡めとられた。
窒息死に追い込むような執拗な口吸いには未だ戸惑う。
思わず喉が震えそうになった。
「っん」
しかし声を漏らしたのは奴の方。
ああそういやさっき口の中がどうこう言ってたばかりじゃないか。
「…お前ほんと馬鹿。
いいか、ぜったい安静だからな」
「えー」
「先輩命令だ、斉藤」
釘を打つように苗字を呼べば、斉藤が何もできなくなるのは知っている。
それを利用すれば「先輩はずるい」と苦笑されるが、今はずるくたって構わない。
そう思って早々に部屋から退散しようとすると、
「待って」と言って手をつかまれて足止めされてしまった。
「…今ちょっと疲れてるから、一人にしないで。
できれば名前で呼んで、俺のこと抱きしめて?」
「…我侭言うな」
「体中痛いけどさ、兵助がいれば全部我慢できるんだよ」
俺の特効薬、と笑いかけられてそれを直視してしまえば、落ちたも同然。
心臓がどくりと大きく飛び跳ねた。
眉を下げて懇願するように見つめられ、どうして逃げられよう。
「…不細工な顔すんな馬鹿」
「こんな色男に失礼な」
「タカ丸、黙って、」
ちょっとくらい大人しく俺に抱きしめられてろ。
耳元でお前にだけ聞こえるよう、謝るから。
そしたらどうか、その痛む手で俺を強く抱きしめて。
***
加宮さんごめんなさい私だけが楽しくて…!
久々知先輩は素直に謝れなさそうだなあと思います。
赤タカは案外気にしてない。
このあと2人して眠っちゃって、誤りに来た与四郎さんに発見されて、
確かに誤解だったんだなーとか思わせてればいいなとかにまにまです!
赤タカだんだん悪くなくなってきて若干焦ってます^^;
もっとひ土井男にしたいのに…!
加宮さん書かせてくださりありがとうございました!
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